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zoom RSS 『ライト、ついてますか』 要約文

<<   作成日時 : 2005/05/09 23:44   >>

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第一部 何が問題か

1. 問題

我々は“問題は何なのか?”と問う前に解答を作りだしがちであるが、歯止めをかけるべきである。これは、未熟な問題解決者だけでなく、経験を積んだ問題解決者でさえ起こりえる。しかし実際問題としては、自然発生的日常的な問題を、曖昧さを含まない一つの形で定義することは不可能である。また一方では、問題についての共通理解がなければ、解答を出したところで、失敗に終わる。したがって他人の問題を解くことを問題としている場合、最良の手がかりは、問題解決者ではなく、問題群解決者になることである。


2. ピーター・ピジョンホールの陳述書


問題を解決しようとするあまり、本来、解決するべき問題がおざなりになってしまう場合がある。だからこそ、

・ 「何がまずいか」をどう決めるか?
・ まずいのは何か?
・ そのために、何ができるか?

ということを冷静に考えなければならない。


3. キミの問題は何か

問題とは、望まれた事柄と認識された事柄の間の相違であるが、その相違こそが本当の問題を浮かび上がらせる。

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第一部では、われわれは普段問題に対してすぐさま解答を求めがちであり、問題を解決しようとするあまり、問題の本質を見失ってしまう場合がある。また、問題を吟味する上でそうあってほしいという事柄と実際認識された事柄との相違に注意することが大切であり、問題を解こうとする前に、「問題」自体を問題にしなければならない。
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第2部 問題は何なのか?

4 ビリー・ブライトアイズの最適入札

ある問題を解決するとき、例えば確率的な計算で解ける際、パターン数など問題規模を事前に概算できることは大切であるが、もうひとつ大切なことがある。
ある問題について、ある解決方法があったとしても、その方法=問題の定義ではないということである。どんな方法も、定義から出発してある経過を辿った結果、定義からは変質したものである。一つの方法論にとらわれず、もう一度問題の定義を確認することで、思わぬ方法が浮かぶかもしれない。
依頼された問題の場合には、軽々しく解いてやると、依頼者は自分たちの苦労した経験によりその解答を受けいれられない。むしろ、ある程度苦労したというポーズをみせた方が良いくらいである。
 ただし、問題が魅力的であると、モラル上難があっても次第に目がそれて、モラル上の検討が疎かなままになってしまうことがある。これは、致命的な結果になりかねない要素でもある。


5 ビリーが舌を噛んだ

 前章であった、問題の定義=解法ではないということだが、特に、自分で導き出した解法の場合は視野狭窄に陥りやすい。常に問題の定義を忘れないことである。


6 ビリーふたたび入札者のもとへ

 問題の解法=定義、ではない。しかし、自分の考えている問題の“定義”も、真に正しいかは例え解決したあとでさえ分かるものではない。自分が知りもしない影響が、問題に加わっているかもしれないからである。
 このように、正しい問題定義が得られたという確信は決して得られないが、むしろ確信してしまうことが危ないのであり、最初の直感などあらゆる要素を大事にし、「問題は何か?」について考えるのをやめないことこそ、もっとも大事なのだ。


問題とはいったいなんだろうか。様々な問題で、その定義は自分がその問題に関係すると想定した要素により容易に変質しうる。そして、どれが正解かなどわかったものではない。であるから、常に問題の原点について悩み続け、出来る限り正確な定義を得られるよう努力せよというのがこの章の最重要ポイントである。


第3部 問題は本当のところ何か?    《要約》

 7.終わりのない連鎖
 問題とは認識された状態と望む状態の相違であり、通常、ある問題を「解く」ために状態を変化させると、一つ以上の別の問題を発生させる。言い換えれば、「全ての回答は次の問題の出所」なのである。我々は問題を完全に消し去ることはできず、解答と新しい問題の連鎖に迷い込んでしまう。あるいは「無意識的」により小さな問題に転嫁する方法をとっている。その理由は、問題の中には、それを認識すること自体が最も困難な場合があるからだ。

 8.不適合を見落とす話
 問題の転嫁という問題は「設計家」、つまり他の人のために問題を事前に解くことを商売にしている人々の存在によって、より面倒なものになる。設計家たちは、自分の行動によって生じた結果を経験することはまずない。それゆえ、多くの不適合、つまりその解決策を実行する人にうまく合っていない解決策を、生み出してしまう。たいていの不適合は「認識」されさえすれば容易に順応できるが、ひとたび違和感が薄れると人の適応性ゆえ不適合は目に見えなくなる。問題を認識する感覚を新鮮にするためには、外国人や盲人、子どもに見てもらい意見を聞くのが有効である。あるいは、自分自身がそのような人の視点に立って考えるのも良い。

 9.うまいレベルに着陸する話
 我々は、何かを問題であると認識する際に、通常瞬時にそれをある意味的レベルに置こうとする。さらに、可能な場合はいつでも、自分たちに最も都合の良い意味的レベルに置く。皆、問題がどのような状況でどのような表現で提起されたかを考慮し、とっさに問題文の行間を読んでいるのである。

 10.意味に気をつけよう
 単語には使い方一つで、文全体の内容が大きく変わってしまうものがある。その結果大きな損害が生じてしまった時にとるべき行動は、書き手を責めることでも読み手を責めることでもない。いくら人が努力しても、全員が同じ言葉を同じように理解しているという保証は決してない。したがって以下の「ことば遊び」や「辞書方式」という社会的過程が有効になってくる。

・ 文の単語一つ一つを強調して呼んでみると、「事実」の単純な記述に異なる意味が見えてくる。
・ 一語一語について辞書にある意味を書き並べ、その後それらの意味をもとの分に適用していく。

第3部の内容は簡単に言えば「問題とは、ある人にとって問題なのであり、別の人にとっては必ずしも問題ではない。言葉も同じで、ある人にとっての意味と、別の人にとっての意味は同じとは限らない」 ということである。問題は認識されて初めて問題なので、別の人が認識しない場合は往々にしてあり、決してすべての人にあてはまる普遍的なものではない。また個人が違う場合だけでなく、同じ人でも周りの状況の違いによってそれは変わってくる。言葉の持つ意味も、文脈によって変わるのであり、共通の認識を持つのは並大抵のことではない。その場合は努力するより、言葉遊びなどの方法がかえって効果的だったりするのだ。

                             nnnet


※以上990文字(書名・タイトル等含む)



第4部 それは誰の問題か? 

                      11、煙が目にしみる
問題は誰の問題か、又は誰の問題と認識するかで解決へのアプローチの仕方、問題に取り組む姿勢が変わってくる。ある問題が生じ、その問題を自分の問題と認識した人が、その問題を解決しようとしているとする。その時、別の人がその問題を自分の問題だと認識してしまい、解決策を提案してしまうと、提案された方は、その解決策を受け入れないか、または受け入れたとしても真に熱意を持って実行しない。「自分(たち)の」問題は「自分(たち)の」解答を出すことが重要なのだ。よって、次のような教義が得られる。「他人が自分の問題を自分で完全に解けるときに、それを解いてやろうとするな」また、問題を「自分(たち)の」問題と認識させることも重要なので、「もしそれが彼らの問題なら、それを彼らの問題にしてしまえ」ということも重要だ。

                      12、構内は車で一杯
現代社会の多くの問題が、システム設計家や意思決定者が、自分たちが「責任を負って」いる問題を体験してないことに原因がある。そのような時、「もしある人物が問題に関係があって、しかもその問題を抱いていないなら、何かをやってそれをその人物の問題にしてしまおう」という原理が使える場合がある。これは「私の」問題を「われわれの」問題にして、さらにその「われわれ」の範囲を広げようというものだ。しかし、実際に問題を体験している人と、システム設計者や意思決定者では立場も考え方も違うので、うまくいかないことが多い。そこで有効なのは「われわれの」問題をまた「私の」問題にすること。要するに「変化のために自分を責めてみよう、たとえほんの一瞬でも」という規則に従うように、まず自分を変えてみれば、案外問題は簡単に解決するということだ。 

                      13、トンネルのかなたのあかり
はっきりとした「設計者」なり「技師」なりがいる問題の場合、それを自分の問題だと判断してしまう設計者や技師が非常に多い。何もかも面倒を見なければならないという考え方が、建築家、技師およびその他の設計家の間で広く行き渡っている。そのような考え方によって、設計家たちは余計なことまでごちゃごちゃと問題関係者に言ってしまい、問題解決をさらに困難なものにしてしまうことがある。このような時、問題解決者がその問題に対して、しっかりとした問題意識を持っていれば、次の教訓が役に立つ。「もし人々の頭の中のライトがついているなら、ちょっと思い出させてやる方がごちゃごちゃ言うより有効なのだ」


 この部で重要なことは、問題を誰の問題として認識するか、ということだ。問題の認識の仕方によって、解決の仕方、しやすさなどに影響を及ぼす。他の人の問題を自分の問題と認識してしまうと、問題を余計に難しくしてしまうことがあったりする。また、問題を自分の、「わたしの」問題として認識した場合は、問題意識を高く持つことも重要だ。問題意識を高く持っていると、問題解決に対する瞬発力が変わってくる。


第5部 それはどこからきたか?

14 ジャネット・ジャウォルスキー 変人と衝突
私たちは、問題を解決するために何かをする責任から逃れたいとき、問題を自然のせいにしがちである。自然というのはその本性ゆえにいかなる動機ももたない。それゆえに、最も手に負えない問題を引き起こすのである。しかし、もし問題の原因を、人、または現実の事物ないし動作に求めることができたら、解決の可能性に関する足がかりが得られる。

15 ミスター・マチーチン事態を収拾
私たちは、問題の源泉を探るとき、自分に関係する事柄以外から探っていきがちである。官僚制度のせいにしたり、相手の不能さのせいにしたり。しかし、問題が問題の解決者自身に起因する割合は53,27%にも及ぶ。よって、問題の出所はしばしばわれわれ自身にあると考えるべきなのである。

16 仕事する人いばる人
問題がどこからきたかと考えたとき、その問題自体からきている場合が多い。つまり、問題解決のための過程、人、または組織が問題自体の発生源になっている可能性があるということである。この問題を解決する方法は一つ、その問題を問題定義した当時者に委ね、自分は関わらない事である。

17 試験について
伝統的に問題解決と言われてきたものの多くは、パズル解決である。パズルは難しいように設計されているものだ。しかし、その難しさの背後には設計者がいる。この難しくしようという努力自体が、皮肉にもわれわれに、最初の手がかりを与えている可能性がある。ここで、逆に自明な解答が、ひねった解答よりも、相手を混乱させる場合もある。


私たちを取り巻く問題の原因のほとんどは、私たち自身か、その問題を起こしている本人にある場合がほとんどである。問題解決に至るには、まず自分自身を見直してみるべきである。


『ライト、ついてますか』 第6部われわれはそれをほんとうに解きたいか?要約文
(ドナルド・G・ゴース ジェラルド・M.・ワインバーグ/著 木村泉/訳 共立出版 1987刊)

18 トム・タイヤレスのおもちゃいじり
 問題とは人が望むところと物事がどうなっているように見えるかの差である。つまり自分が問題を抱えているかどうかを知ることは自分自身の感じ方の問題だ。そしてこのことと何が問題であるかを知ることは別のことなのである。たいていの場合、何が問題であるか分かっていると思っているがそれは間違いで、一度何が問題かを知ると問題解決は非常に易しい。

19政治には忍耐が必要
  “あとから調べてみれば、本当に問題を解いてほしかった人はそんなにいない”というときがある。解決問題者は何がほしいか、何が問題かを完全に知ることだけが必要なのではなくその先にあること読まなければいけないのだ。時には問題のことを忘れてしまうのが最善の策だということもある。その例としてこの本ではある計算関係者の話が使われている。

20 ある特務
 発端に結末をつける前、はじまりを終わりにする前に、“私はそれを本当に解きたいのか?”と自分に問を発する必要がある。このような問はショッキングに見えるかもしれないが、「解答」を得てみるとそれはちっともほしいものではなかったという事例がいくつもある。
 時には問題を解こうとしてあまりにも長い間一生懸命努力しつづけたためその問題がいつか解けるか信じられなくなり、解答がほしいかどうかどうでもよくなるという手順で問題がうやむやになってしまう場合がある。急いで解かなければならない問題は確かにたくさんあるが、急がせようとするものには気をつけなければならない。

追って書き
 問題解決者が冒す危険のひとつに、問題解決に目を奪われるあまり人は自らが解答を道徳的に容認できるかどうか考えるのを忘れてしまう、ということがある。この状況を避けるためには自分自身に対して真実であることが必要だ。解答の道徳的側面について考える必要がある。そしてそのために使う時間は決して無駄にはならない。

〜第6部で著者が伝えたかったことは、問題解決をする前には注意すべき点がいくつかありそれを見極めた上で問題解決に取り組むべきであるということだ。そして最後に自分自身に真実であることが大事であるとまとめている。

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